大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和43年(ラ)135号 決定 1969年3月29日

抗告人 水原公男(仮名)

主文

原審判を取消す。

本件を福岡家庭裁判所飯塚支部に差し戻す。

理由

本件抗告は別紙添付の抗告状代理人提出の抗告並びに昭和四三年一〇月四日付準備書面記載のとおりであつてこれに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

原審は本件遺産のうち家屋については被相続人から抗告人水原公男に対し贈与による所有権移転登記がなされているけれども、右登記は被相続人が病気重態中になされたものであり、被相続人の意思に基づかず、抗告人が被相続人の印章を冒用してなした無効の登記であると認定している。然しながら記録によると、抗告人は昭和二四年以来被相続人の死亡まで本件家屋に被相続人と同居し一緒に農業に従事していたものであり、被相続人の他の子供たちは長男一郎をはじめとしていずれも被相続人とは別居して生活していた事実が明らかである。そして記録中の抗告人に対する審問調書によると、被相続人はかねてから老後は抗告人にかかるから、本件家屋を抗告人の贈与する旨約したというのであるが、抗告人の右陳述は前認定の被相続人家の状況から観て、一概に嘘を言つているものと断じ去ることはできない。又我が国では生前健康時に遺言その他の方法で死後の財産の処理をしておくことは稀で、むしろ重病になつたり、死期が迫つた際に死を予期して財産の処理をすることは世上よく行なわれているところであり、前記抗告人の審問調書によると、被相続人は死の直前まで意識は明瞭であつたというのであるから、これら諸般の事情を考えると、原審が本件家屋の登記が被相続人の病気重態中になされたとの一事を以て直ちに被相続人の意思に基づかないものであると速断し、贈与の事実を否定したのは採証の法則を誤つたものという外なく、到底首肯することができない。

抗告人主張の贈与がなされたか否かを判断するには更に他の証拠の取調をなし、審理を尽す要があるものと思料する。

次に原審は本件遺産の分割にあたり原審判書添付の物件目録中(2)の田地を一郎に、(3)の田地を二郎に分割してその所有とし、抗告人には全然農地の分割をしていない。

然しながら記録によると、抗告人は昭和二四年以来、被相続人と共に右(2)(3)の田地を耕作して(他に耕作地はない)農業に専従し、生活を維持していることが明らかであり、原審判のような分割方法によると抗告人は耕作田地の全部を失い忽ち生活に困窮することになるのではないかと考えられる。そして記録に徴すると、右一郎及び二郎は共にこのことを考慮してか、(3)の田地は抗告人に分割し、その所有とするのが相当であるとの意見を述べていることが明白である。

原審は何故に同人らの意見を無視してまでも、抗告人の耕作地を全部取り上げて他の相続人に分割したのであろうか?記録を精査しても、その合理的な根拠を発見することができない。

原審判は少なくとも右田地の分割方法に関する限り妥当なものとは認め難い。

以上の次第であるから民訴第四一四条、第三八九条に則り原審判を取消し原審をして審理を尽さしめるため、これを原審に差し戻すこととし主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 中園原一 裁判官 岡野重信 裁判官佐竹新也は退官のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 中園原一)

参考 原審 福岡家飯塚支 昭四一(家)三五三号 昭四三・八・九審判

申立人 水原一郎(仮名)

相手方水原富夫の承継人 水原トリ(仮名) 外四名

相手方 水原公男(仮名) 外二名

主文

被相続人水原五郎の遺産を次の通り分割する。

一、物件目録中(1)の宅地は相手方水原公男、相手方水原二郎の共有とし、その持分は各二分の一とする。

二、同目録中(2)の田は申立人水原一郎の所有とする。

三、同目録中(3)の田及び(5)の納屋は相手方水原二郎の所有とする。

四、同目録中(4)の居宅は相手方水原公男の所有とする。

五、申立人水原一郎は、相手方水原富夫承継人水原トリに対し金九万五、八五六円、同土方さゆり、同水原清、同水原光子、同水原義人に対し各金四万七、九二八円、相手方田中秀一に対し金八万七、八六四円及び右各金員に対する本審判確定の日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払わなければならない。

六、相手方水原二郎は相手方田中秀一に対し金二万五、三〇八円及びこれに対する本審判確定の日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払わなければならない。

七、相手方水原公男は相手方田中秀一に対し金三万〇、六〇九円及びこれに対する本審判確定の日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払わなければならない。

本件調停並びに審判に要した費用の内鑑定人に支給をた九、〇〇〇円は各当事者の法定相続分の割合に応じて負担すべきものとし、その余は申立人の負担とする。

理由

本件申立の要旨は、被相続人水原五郎の遺産につき共同相続人間で分割の協議がととのわないので、分割の審判を求めるというにある。

当裁判所が証拠調及び事実調査をした結果により認めることのできる事実並びに当裁判所の判断は次の通りである。

一、被相続人並びに相続人について。

被相続人水原五郎は昭和二七年一月二七日本籍地福岡県○○郡○○町大字○○○△△△△番地の△で死亡しその相続が開始した。その相続人は次の通りである。

(一) 長男申立人水原一郎。自作田三反一畝を有し、農業に従事。生活保護法による医療扶助を受けていを。

(二) 三男相手方亡水原富夫。昭和四三年一月二〇日死亡。

(三) 四男相手方水原公男。農業に従事。本件遺産に属する田地を耕作。生活保護法による生活扶助を受けている。

(四) 五男相手方水原二郎。自作田二反三畝二六歩を有し農業に従事。生活保護法による生活扶助を受けている。

(五) 婚姻外の子。相手方田中秀一。○○○市役所○○出張所吏員。以上の五名であるが、相手方水原富夫は昭和四三年一月二〇日死亡して相続が開始し、その相続人は(一)妻水原トリ(二)二女土方さゆり(三)二男水原清(四)三女水原光子(五)三男義人

以上の五名であつて、同人等は、本件遺産に関する水原富夫の権利を相続により承継したとして、同年四月二六日本件審判手続につき受継の申立をした。

二、法定相続分について。

申立人水原一郎、相手方水原富夫、相手方水原公男、相手方水原二郎は何れも嫡出子であり、相手方田中秀一は嫡出でないから、その法定相続分は、一郎、富夫、公男、二郎は何もれ九分の二、秀一は九分の一である。

次に相手方富夫の死亡により、同人の相続分九分の二は、その三分の一が妻トリによって、残り三分の二の四分の一宛が、さゆり、清、光子、義人によつて、それぞれ承継されることとなるので、結局トリの相続分は本件遺産の二七分の二、さゆり、清、光子、義人のそれは、それぞれ二七分の一となる。

三、遺産の範囲について、

申立人並びに相手方公男を除くその余の相手方等は本件における遺産の範囲は、別紙物件目録記載の不動産全部であると主張し、相手方公男は、右物件目録記載の財産はすべて被相続人の生前、同人から相手方公男に対し贈与されたものであると主張する。而して記録中の建物登記簿謄本の記載によれば物件目録中(4)及び(5)の建物につき昭和二七年一月一一日附で被相続人から右公男に対し前同日贈与により所有権移転登記のなされた事実が認められる。然しながら前同日被相続人から公男に対し贈与がなされたことを、右登記のなされた事実のみによつて肯認することはできず他に右事実を認めるに足る証処はない。むしろ証拠調の結果によれば、右登記のなされた当時は、被相続人が病気重態で臥床中であったところ、同人と同居していた公男が、被相続人の意思に基づかないで、右印章を冒用して前記の登記をなしたものと認めるのが相当であり、他の物件についても被相続人の生前同人から公男に対し、贈与がなされたことを認めるに足る証拠はない。

かくして、本件における被相続人の遺産は別紙物件目録記載の不動産全部であると認めるのが相当である。

鑑定の結果によれば、右物件の価格は、(1)の宅地金一四万二、〇六一円(2)の田金六六万三、〇〇〇円(3)の田金一六万九、七八五円(4)の居宅金二四万七、一四六円(5)の納屋金七万二、〇六一円であつて、以上合計金一二九万四、〇五三円である。

四、遺産よりの収益並びに遺産の管理費について。

本件物件の内田二筆は、被相続人死亡当時から現在に至るまで、相手方公男がこれを耕作しており、その間右農地より生じた収穫は同人において取得したものと認められるところ、農地を所有することによる純収益の高は農業委員会によって定められる小作料の最高額に等しいものと認めるのが相当である。而して本件田の小作料の最高額は一〇アールにつき、昭和二七年から昭和二九年までは毎年金六〇〇円、昭和三〇年度から昭和四一年までは毎年一、二〇〇円、昭和四二年度は金四、八〇〇円であるから、これを本件田合計面積五四アールにつき算出すれば、昭和二七年度より昭和二九年度までは、毎年三、二四〇円、昭和三〇年度から昭和四一年度までは毎年六、四八〇円、昭和四二年度は金二五、九二〇円であるから、昭和二七年から昭和四二年までの総計は金一〇万六、九二〇円となることは明らかである。かくして右金額は相続開始後、本件遺産の内、農地より生じた収益であるということができる。しかしながら相手方公男は本件田地を耕作することにより、現在まで右田地の農地としての価値を維持してきた寄与を考慮し、また一方本件遺産分割の申立は相続開始後一〇数年経過した昭和四一年九月一九日にはじめてなされる至つたものであり、その頃までは相続人らによつて分割の協議の企てがなされていなかつたものと認められるなどの事情を考え併せると、右収益は現在までの耕作者である相手方公男に取得させることとし、遺産分割の対象から除外するのが相当であるから、今改めてこれを分割すべき遺産に加算しないこととする。

本件遺産の管理のために要した費用として考慮すべきものに、固定資産税がある。その額は昭和三八年度分六、九〇〇円、昭和三九年度分五、六五〇円、昭和四〇年度分五、六五〇円、昭和四一年度分五、七三〇円、昭和四二年度分五、八二〇円であることが認められ、昭和三七年度以前の分は明らかでない。ところで昭和三九年以降については、相手方公男らに対し、生活保護法が適用された関係で、福祉事務所から納付されていることが認められ、他に遺産の管理のために費用を要した事実は認められないから本件遺産の分割については管理の費用は特に顧慮しないこととした。

五、相続分について。

遺産総額金一二九万四、〇五三円を法定相続分に従つて配分すれば、申立人一郎、相手方富夫、同公男、同二郎の具体的相続分は、右総額の九分の二に相当する二八万七、五六八円となり、相手方秀一のそれは同じく九分の一に相当する金一四万三、七八四円となる。

次に前認定の通り相手方富夫の死亡により、同人の遺産につき相続が開始したところ、本件遺産については、後段認定の通り、相手方富夫の承継人らに対しては、申立人八郎より金銭を支払うべきものとするのが相当でるから、富夫の承継人等は何れも、相続により金銭債権を相続分に応じ分割取得したものとしなければならないところ、その額は承継人トリは、富夫の相続分二八万七、五六八円の三分の一に相当する金九万五、九五六円であり、さゆり、清光子、義人は、何れも前同様三分の二の四分の一に相当する金四万七、九二八円である。

六、分割の方法について。

本件遺産の種類、数量、その価格申立人、相手方らの職業その他本件遺産の現在における使用の状況等を考慮して、遺産を次の通り分割する。

物件目録中(4)の居宅には現に、相手方公男がその家族とともに居住し、同じく(5)納屋は居住に適するよう造作されて、現に相手方二郎が同人の家族とともに居住して居り、相続人らのうちその他の者は何れも自己の居住する家屋を所有している事実に鑑み、(4)の居宅は相手方公男に取得させ、(5)の納屋は相手方二郎の所有とするものが相当であり、従つてまた以上の建物の敷地となつている(1)の宅地は相手方公男と相手方二郎の共有とし、その持分は何れも二分の一とするのが相当である。

次に一郎、二郎は何れも農業に従事していることを考慮し、(2)の田は申立人一郎に取得させ、(3)の田は相手方二郎の所有とするのが相当である。

然るときは申立人一郎の取得する田(2)の価格は金六六三、〇〇〇円であるから、同人の相続分二八万七、五六八円を金三六万五、四三二円超過することとなる。よつてこの超過分の内金二八万七、五六八円はこれを相手方富夫の承継人らに取得せしめることとすれば、静雄の承継人らによつて各自の相続分に応じ分割取得されたものと見るべきであるから、申立人一郎は、相手方富夫承継人トリに対し金九万五、九五六円、同さゆり、同清、同光子、同義人に対し各金四万七、九二八人円を支払うべく、超過分の残金八万七、八六四円はこれを相手方秀一に対し支払うべきものとする。

相手方公男の取得の価格は(4)の居宅の価格金二四万七、一四六円、(1)の宅地の価格の二分の一に相当する金七万一、〇三〇円、以上合計金三一万八、一七七円となるから、同人の相続分二八万七、五六八円を超過する金三万〇、六〇九円は、これを相手方秀一に対し、支払うべきものとする。

相手方二郎が取得する分の価格は、(3)の田の価格金一六、九、七八五円、(5)の納屋の価格金七万二、〇六一円、(1)の宅地の価格の二分の一に相当する金七万一、〇三〇円以上合計金三一万二、八七六円となるから、同人の相続分二八七、五六八円を超過する金二万五、三〇八円はこれを相手方秀一に対し支払うべきものとする。

そこで手続費用の負担につき家事審判法第七条、非訟事件手続法第二七条を適用して主文の通り審判する。(家事審判官 川淵幸雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例